モノクローム・ヴィーナス
       氷高颯矢

ため息ばかりついてしまう。この学校に入ってもう半年以上も経つ。
…なのに、ここにも"彼女"は居なかった。

「はぁ…灰色の青春だ…」
昼休みが終わるのを告げるチャイムが鳴る。
少年は校舎裏の芝生の上から腰を上げようとしない。
あまつさえ、そのままゴロリと寝転んだ。ところがすぐに目の前に影が差す。
「何が灰色の青春よ。まだ、始まったばっかりでしょ?」
「冬月先生…」
茶色の髪がサラリと揺れる。ここはちょうど彼女の持ち場、音楽室の窓の向こう側に当たる。
「どうせなら、こっちで寝てれば?そこだとすぐに見つかるわよ?」
「…先生、サボリを助長させるような事しても良い訳?」
「だって、私の授業じゃないし♪」
少年は誘われるままに女教師が開けた窓から中に入った。
「七地くん、お茶淹れて?」
冬月は自分が愛用しているカップを七地少年に手渡した。
「先生…これが目的?」
「…ついでよ。だって、私が淹れるより上手だし」
綺麗な顔で微笑む。男子生徒の憧れの的である彼女を前にしても、七地翼の心はちっとも揺れ動かなかった。
「今日は何にします?カモミール?それともローズヒップ?」
「それじゃあ、ローズヒップで」
音楽準備室は冬月琴音の城である。手を洗うくらいの簡単な流しがあるのを良い事に、電気コンロを持ち込み、お茶を沸かして飲んだりしている。インスタントコーヒーかティーバッグの紅茶がメインだったが、七地がハーブティーを持ち込んでからは彼がお茶を淹れるのが当然のようになってしまった。
「七地くん、今日もあの夢、見たの?」
「…まぁ。相変わらず途切れ途切れだし、何言ってるのかわかんないし…もやもやするんですよね。時々、もう見ない方が良いとも思いますけど…」
「"彼女"の事が気になるから、そういう訳にも行かないって?」
「…その通りですよ。どうせ…」
夜毎、繰り返し見る夢――モノクロで、無声映画みたいに映像だけが続く。
…なのに、感情だけはダイレクトに流れ込んでくる。
「夢の中の"彼女"に恋しても無駄だって言いたいんでしょ?」
「そんな事言ってないよ。でも、現実に存在してるって確証はあるの?」
「……」
前世の記憶だと思いつづけてきたけど、前世だって証拠なんて無い。それに、もし仮に前世の記憶が夢に現れるとしても、彼女も同じように生まれ変わっているなんて、都合が良すぎる。
「七地くん、私に会った時『運命を感じる』って言ってたでしょ?結局、違うって結論に至ったみたいだけど――そんな簡単に運命とか運命じゃないとかって判るものなの?」
そう、冬月に会った時に七地は確かに『懐かしい』と感じた。それが=運命という単純な発想だった。
「確かに、間違えたよ。でも、それは先生の持っている雰囲気が…どこか"彼女"と似ていたからなんだ」
「私に似てるの?」
「…うん。どことなくね」
冬月は少し考えてこう言った。
「実はね、来週こっちに従姉妹が転入してくるの」
「…?それがどうかした?」
「姉妹みたいに似てるって良く言われるんだけど、その子も似てるかもよ?」
七地は冬月が面白がっているのが分かった。
「俺、真剣なんだけど…」
「…ごめん。でも、本当に似てるのよ。顔立ちうんぬんじゃなくて雰囲気なんだけど…」
「うん…少しは楽しみかな?」
七地は期待しないでおこうと思った。期待しすぎると、却って辛いから…

君に、会いたい。
           ――もう一度、君に…